University of Tsukuba Men's Handball Team

「生い立ち」 アフリディマシャール

テーマ:ブログ

こんにちは!

「生い立ち」シリーズ第三弾はハンド部のムードメーカー兼キーパー

アフリディ マシャールです!!

 

どうぞ!!

 

 

〈出身〉

愛知県名古屋市中区生まれ、名古屋市南区育ちの生粋の名古屋人です。

 

〈ハンドボール経歴〉

名古屋市立笹島小学校→名古屋大学教育学部附属中学校→名古屋大学教育学部附属高等学校

 

〈好きな歌〉

100万回の「I love you」 [Rake]

 

〈座右の銘〉

志定まれば気盛んなり

 

〈ハンドボールを始めたきっかけ〉

もともと野球が好きで、小さいころからおばあちゃんや叔父さんとよくキャッチボールをしていて投げることは得意でした。ただ小学校に野球部がなくて、小学校4年生のころはサッカー部に所属していました。サッカー部に入ったはいいものの、サッカーセンスは皆無でもちろんレギュラーメンバーになれそうもなく、練習内容も走ったり走ったり走ったりと楽しいものではありませんでした。5年生に上がった時に、新設されたハンドボール部に所属していた当時気になっていた女の子から「男子のゴールキーパーがいないの♡」とラブコールを送られたことがきっかけとなりハンドボールを始めました。つまらなかったサッカー部とはおさらばでき、ハンドボール部に入り気になっていた女の子と同じコートでいられ、さらにレギュラーも確約されているという「これ以上ない!」といった条件に対して断る理由もなく、即答で「YES!」と言ったはずです。

 

「その女の子とは?」 → 脈なしでした。

〈一番楽しかった、歓喜した瞬間〉

いろいろと楽しかったことはありますが、一番となると筑波大学に合格した時だと思います。小学校が同じで、その頃から憧れていた牧野イサムさんが筑波大学で活躍していたこともあり、中学3年生のころから「筑波大学でハンドボールがしたい」と思うようになり、高校1年生の時にオープンキャンパスに行ったり、高校2年生の時には練習を見学しに行ったりと積極的なアプローチをしていました。そうするうちに「筑波でハンドボールをしたい」という気持ちはますます大きくなっていきました。小中高と何も実績を残していないことや受験直前のセンタープレテストまでずっとE判定だったこと、膝のケガがあったことなど、正直自信はそんなにありませんでした。そんな中で合格発表の日、合格者一覧の中に自分の番号があったときは「筑波でハンドボールができる!」と、とてもうれしかったです。

〈今後どのようにしてチームに貢献していきたいか〉

僕の長所はサイドシュートやノーマークシュートといったシューターとの距離が近いシュートを止めることを得意としているというところだと思います。シューターとの距離が近いシュートがくる場面として味方のディフェンスが崩れたり、オフェンスミスがきっかけの逆速攻などのピンチの場面があると思います。「ピンチの場面でシュートを止めて流れを変える」そんなキーピングを試合の中でしたいなと思います。


拙い文章ではありますが、最後までお読みいただきありがとうございます。

アフリディマシャール

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