University of Tsukuba Swim Team

【競泳】#サクラサケ 2019年3月27日

テーマ:競泳, 活動報告

皆さん、お久しぶりです。
先日、筑波大学体育専門学群を無事、卒業することができました、
競泳四年の佐藤勝亮です。

実はインカレ後、まとめ記事として
私自身が担当する最後のブログを執筆しようとしたのですが、
上手く文章がまとまらなかったため、卒業した今、書かせていただくことになりました。

まず初めに、本記事に写真は一切ございません。
また、私自身の四年間を振り返る記事にしようと考えていますので、
もし、興味がある方がいらっしゃいましたら最後までお付き合いください。

約4年前、
ありがたいことに推薦入試に合格することができ、
私は名門「筑波大学」の門をたたき入学しました。
高校体育で肩を壊していた私は、多くの不安を抱えながら入学したことを覚えています。

筑波大学を選んだ理由は、一人暮らしができるからという理由が一番大きかった気がします。
また、練習参加させていただいた際に、ここなら人間的にも成長できると確信したからでした。
入学後、東京と茨城の差にショックを受けながら、初めて洗濯機を回したり、安いスーパーを回ったりしました。
週10回練習があり、部活についていくだけでも大変なのに、どうやって私生活を充実させればいいのか何度も悩みました。

ケガを言い訳にしたくはないですが、
私は思うように泳ぐことができず、苦しい時を過ごしました。
1.2年生では全国公組として、ピーキングし、インカレではサポート組として裏方に回り、チームを支えました。
サポート組キャプテンとしてシード権獲得に少しでも貢献できた。と、大きな達成感を得た事を今でも覚えています。

しかし、胸のうちではやはり
「推薦で入学したのに、自分は何をしているんだろう」
という、気にしないようにしていても、ずっと頭のどこかにあるこの考えが、モヤモヤしたものとして存在していました。

「四年生のインカレでリレー、個人共に優勝する。」
私はこのようなことを胸に抱き入学しました。
しかし、あまりにも理想と現実の差に、頭を何度も悩まし、やめようと思ったことが5回くらいありました。
インカレで優勝する人が2年生でも、出場すらできていないのですから、、あまりにもギャップがありすぎますよね。

3年目のシーズンに入ろうとした時、私は
「人と比べる事をやめる」
「自由にやる(わがままとの区別をはっきりする)」
「自分の直観を信じて、適当に」
以上の三つを、自分の中で大切にすることにしました。

そして、仲の良い他部活の友人のアドバイスから大会を
「自分がやってきたことを観客に表現できる、舞台」
と考えることにしました。
一度きりの自分の舞台、楽しまなくては損ですよね。

このころからやっと、大会が嫌な物でなくなりました。
そして、不思議なことにタイムも少しずつ戻ってきました。
やっとの思いでインカレにも出場することができましたが、そこで待っていたのは
「インカレは出るものでなく、得点をもぎ取ってくるもの」
でした。
同期で優勝や準優勝している子もいました、リレーで輝いている子もいました。
出場したけど、何にも貢献できていない。

「これなら、サポート組にいた方が貢献できていた」
そのように考えてしまったことも正直ありました。

そこで私はついに
「考える事を辞めました」
ああしたらどうしよう、ここはどうしよう、、
余計なことは考えるだけ無駄です。自分の意思を貫き通そう。となりました。

四年目、ラストシーズン。後悔だけはしないように、目標テーマを
「天晴れ」にしました。
理由は特にありません。

結果、日本選手権出場は叶いませんでしたが、JAPANOPEN出場、
インカレにおいては、個人はB決勝でしたが点をもぎ取りました。
リレーでは素晴らしい仲間の力を借り、A決勝で戦うことができました。
インカレ初日だけで、三年のインカレの二倍も泳いだんですね。
その中でも、忘れられないレースは全国公50FR決勝です。
あのレースの感覚は忘れないでしょう。久しぶりに心の底から嬉しかったです。

非常に長くなりましたが、僕の大学水泳は一言で
「9.5割が苦しい思い出、0.5割が嬉しい思い出でした。」

もしも、この割合が逆だった場合、僕はどんな嫌な人間になっていたのでしょうか。
天狗になりまくっていたと思います。

「勝亮がインカレで得点とったら、俺、泣いちゃうかもな。。」
健造さん。泣いてくださいましたか?
1.2年の時には考えられなかったでしょうけど、点取りましたよ。笑

最終的に悔いなく引退できたのは、先生やスタッフさんをはじめとする、周りの方々の支えがあったからこそだと考えています。本当にありがとうございました。

何より、同期

大久保、キャプテンとして先頭に立ってくれてありがとう。
岡野、重圧の中よく2連覇したね。内心尊敬していました。
小川、インカレ見に来て、戦ってくれてありがとう。
奥山、常に寄り添ってくれてありがとう。実は君の引退レース、
   僕は涙が止まらなくて声が出なかったよ。そしたら君、遅かったよ。
近藤、いつも笑顔で優しく気にかけてくれてありがとう。汗拭いてね。
坂田、最後は玉ねぎより立派なライバルだったよ。
坂本、超頭脳派。引退レースは忘れません。
斎藤、何度もふざけあったね。あなたも立派なインカレ優勝者。
西脇、負けず嫌いがすごかった。集中力もすごかった。分けてほしかった。
長谷川、たまに空回るけど、修正力はピカ一。何度も失敗してすごい人になるんだろう。
秦、一言でいうと努力家。本当に僕にないものを持っている。羨ましかった。
三田村、頭もよく考え方もキレるすごくチーム思い。辞めないでくれて本当によかった。
山田、センスがある上に、練習も強い。それが昔から日本のトップに居続けられる秘訣だね。

みんな本当にありがとう。卒業おめでとう。

そしてブログ係の後輩、みんなの記事をこれからも多くの方が楽しみにしています。
自分たちの個性を出して、読んでいて、書いていて楽しい記事を期待しています。

新入生のみんな、筑波大学を選んで正解だよ。
理由は、四年間もがいてみたら、わかると思います。
陰ながら応援しています。

「ピンチはチャンス」
この言葉は、私自身が就職活動の面接試験で言いまくっていた言葉です。
絶対に、失敗や困難に立ち向かっていった方が強くなれます。
今は苦しいかもしれないけど、いつかは必ず笑い話になるよ。

「現状維持は衰退」
いま、勢いに乗っている人、非常に頼もしいです。
このままでいいやと思わず、いけるところまで突っ走ってください。

ここまで、ノンストップで書いてきたら流石に疲れがたまってきて、夜遅くなので頭も回らなくなってきました。

卒業した今、思うことは
筑波大学は思っている以上にすごい大学でした。

昨日卒業式後、表彰式があり体育専門学群で懇談会があったのですが、
どの部活も輝かしい結果を残しており、人間的にも素晴らしい方ばかりでした。

そんな環境にいられることは当たり前ではなく、とても幸せなことです。
当たり前はいつしか、当たり前でなくなります。
今、目の前にある当たり前に感謝しながら、素敵な大学生活を送ってください。

サいごになりますが、今まで私の文章を読んでくださり本当にありがとうございました
クるしい思いをしてきたからこそ、周りの人への感謝を大切にするようになりました。
ラストのブログになりますが、いかがでしたでしょうか。
サトウは四月から新たなステージに進み、精進いたします。
ケっして大学生活の思い出を忘れることなく、大切に胸に刻み、階段を上ります。

筑波大学水泳部競泳として執筆は最後になりますが、また何か違う形で私の作品に出会う機会がありましたら、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します。

本当にありがとうございました。

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失礼致します。
平成30年度卒.佐藤勝亮

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